石の伝説

 

二人の女が賢者のところに行って教えを乞いました。
一人は自分をとても罪深い人間だと思っていました。若い頃に人を裏切ったことをたえず思い出しては、自分を責めていたのです。

 もうひとりの女は、いつも掟を守り、正しい道を歩んでいると考えていました。特別大きな罪を犯したこともなく、そんな自分に満足していたのです。

 賢者はそれぞれに、いままでの一生について尋ねました。

最初の女は、犯した罪を告白して泣き出しました。もうひとりは、なにも思い当たることはないと答えました。

賢者は、最初の女に「できるだけ重い石を探してここに持ってきなさい」と言いました。

そして二番目の女には、「たくさんの石を拾って持ってきなさい。小さい石をできるだけたくさん」と言いました。

 ふたりは賢者の言う通りに石を探しに行きました。そして一人目の女は大きくて重い石を抱えてもどり、二人目の女は袋にいっぱい小石を集めて戻りました。

 「さあ、今度は、いま持ってきた石を元の場所に戻してくるのだ」。

 賢者にそう言われて二人の女は言いつけ通り、石を戻しに行きました。

一人目の女は、重い石のあった場所を覚えていたので、すぐに元に戻しましたが、

二人目の女は、たくさんの石がそれぞれにどこにあったかなど思い出すことができませんでした。

 「わかったかな?私たちの罪もこの石のようなものだ。大きな重たい石を元のところに戻すのはたやすい。

しかし、こんな小さな石がどこにあったかなど、いちいち覚えてはいないだろう」。
 一人目の女に続けて言いました。

「あなたは、自分の罪をはっきりと心にとめていた。良心の呵責もいまだに感じている。それによって、あなたは多くを学んだことだろう。もうあなたの罪の大石は手元から取り除かれているのだよ」。

 そして二人目の女に向かっては、
 「たくさんの小さな罪を犯していても、いつどこで犯したかなど覚えてはいないものだ。ほかの人の罪を裁きながら、自分の罪に目を向けていない。

それで、小石のような小さなものから自由になることができないでいるのだよ」。

 

●「善人なおもて往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」。歎異抄の一説を呼び起こすようなたとえ話ですね。

正義だと我が身を思う、その罪の深さには気づきにくいものです。

 ■陶彩画 草場一壽 様Facebookよりシェアさせて頂きました。

たくさんの小さな罪を犯していても確かに、いつどこで犯したかなど覚えていませんよね。

これは罪のお話ですが、、、 

罪だと気づけばいいですが、

そう思わずに行っていたらどうでしょう。

例えば『イジメ』罪とは思わずに人を傷つけてしまっていたり傷つけるだけでなく、その人の人生までも壊してしまいます。

小さな事だからと気づかずにいる事が多々あるものです。

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